連載第五回目

★立命館大学入学
昭和52年3月立命館大学へ入学するために宇多野御屋敷町(御室)の西田さん宅横の下宿に着いた私は、その日から作文コンプレックスを克服するために「日記」をつけ始めました。
大学=試験は論文という恐怖があり、今までの作文レベルではない、これは何とかしなくては…という思いでした。と同時に意識してやったのが読書。前にも言ったかも知れませんが、私は高校まで勉強以外の本を読んだことがない。だから作文もできないのではと、この3月から本も相当読み始めました。
★読書し、日記を書く
そう考え、確か最初に読んだのは、高校2年の時に昇天した親父の本棚にあった「どんな人間になりたいか/副題は<もし苦しいと思ったら>」(青春出版社・青春新書)。現在の月刊経済誌「経済界」主幹の佐藤正忠さんが若い頃の大挫折=極貧の中から出版社を立ち上げて成功させて選挙に出馬したが落選し、尚かつ選挙違反で逮捕・収監=し、出所後スグに書いた昭和45年の本(私は一度は手放しましたが、2年前にブックオフで見つけました)。
「今がどんなに暗く=辛くても、朝の来ない夜はない!」。
ありがちな自己啓発風の本ですが、私はこれに救われました。今、考えるとホント純粋だったんですが、高校時代のまりちゃんに振られたことは大ショック。しかし、投獄までされた人で、かつ、佐藤佐野の淡い失恋&克服話も私にはタイムリーで、何度読み返したことか。今も、何かあれば読み返しています(人生とは面白いもので、後に私の友人が<経済界>に就職し、その縁で佐藤正忠さんには2度会いました。友人は現在、<経済界>で専務をやっている時田君です。また、憎み合っていた親父が残した本に救われたのも…後に感謝しました)。
他には畑正憲さんの「ムツゴロウの青春期」は学生生活のバイブルとして、また、大江健三郎は格好をつけるため、太宰治はその赤裸々な人間模様記述に「これは俺のことが書いてある!」と感動しましたが、皆、そう思うらしいですね。武者小路実篤もよく読みました。特に「友情」は何度も。親友に彼女を奪われ、実力=仕事で彼女と親友を見返してやる!と決意し、親友から貰ったデスマスクを叩き割るシーンには自分の失恋(まりちゃんはその後、私の同級生!と恋仲に)を重ね合わせ、私も京都の古美術屋でデスマスクを買ってきて眺めていました。今に見ていろと。
だから、読書と同時につけ始めた日記には1年くらい、毎日まりちゃんへの思いと悔しさ・諦め・絶望と、いや大丈夫、何とかなる、逆境はチャンスなのだ!という自分を鼓舞する言葉ばかり。プラス、学生らしい、簡単なことをわざと難しく文学的に表現するような、今では絶対に書けないなと思う蒼いことを書いてましたね。
★少林寺拳法を始める
この読書+日記以外に、大学へ行ったら絶対にやろうと決めていたのは少林寺拳法。ブルースリーが流行っていたのもあるんですが、一番の理由は中学時代に受けた虐め。と言っても殴られたり恐喝などもなかったんですが、デカイ下級生からしばしば首元を突き上げられたり、頭を小突かれたり。その程度でと思うかも知れませんが、14歳のガキには強烈な屈辱で、なぜか友人にも家族にも相談できないんですね。その程度でも地獄なんです。たまに虐めで自殺する子供がいますが、あの気持ちはよくわかる。それと、黒帯をとって男らしい人間になり、再びまりちゃんに会いに行くんだと。この2つの理由で少林寺を始めました。ただ、体育会だと大変なので、町の道場に入りましたが。
こうして私の大学生活は、本+日記+少林寺の日々に。でも、まさかその後、文を書くことが仕事になるなんて、まったく思いもしていませんでした。