連載第十二回目

★これも修行のうち?
勤務先は、山の上で環境微生物を培養している会社だ。経営者は、ベレー帽を被った個性的な発明家である。
何しろ社員は私ひとり。総務、経理、資材の発注、企画、パンフレットや資料の作成、営業、受注、出荷、製造管理、クレーム対応、その他もろもろ何でもありだ。
何より面白いのは社長に同行しての営業活動だ。農家、牧場、食品工場、役所、大学、県庁、農協、農業試験場。相手が誰だろうと、どんな場違いなところだろうと堂々と訪ねていく。
行くのはいいが、開口一番「あんたのやり方は間違っとる」とぶちかますものだから、「一体何しに来たんだ?」と怒鳴られたり、大ゲンカして追い返されることの方が多かった。
社長の理論には筋が通っていたが、言い方が悪いので相手を怒らせてしまう。横にいる私は身の縮む思いだったが面白かった。そんな風だから、いくら営業してもちっとも売り上げにつながらない。
古い営業車はよくトラブルを起こして煙を噴いた。何度も散々な目に会った。しかし私は行き帰りの車中で社長独特の「微生物論」、「農業論」、「歴史」、「環境論」、「宗教論」、「易学論」などが楽しみだった。
月末が来て支払が滞ると苦情の電話が鳴る。月末になると、なぜか社長はいなくなる。
「お宅の社長はトンズラか?一体どういうつもりだ?」と詰め寄られても、いないものはいない。平謝りするしかなかった。そこで、私は払えないなら払えないと事前に断りを入れるべきではないかと進言した。すると翌月から、「払えません」という取引先への連絡業務は私の仕事になり、苦情は私宛にかかってくるようになった。この会社では、前の会社では見えなかったことがたくさん見えた。
そんな状態でも会社は潰れなかった。社長の創り出した微生物が、他にはない特徴を持っていたからだ。NHKが30分の特集番組を組んだほどの微生物を求めて、農家や畜産家、大企業やブローカーなどいろんな人が全国から次々やって来る。海外からも来た。
いくら良い商品を持っていても、それを世に出す術を知らなければ広まりはしない。そうは言っても、よそにないものを持っているとこんなにも強いのか。私はひとつ大事なことを学んだ気がした。