連載第二十一回目

★裁判所初体験
ガラス貼りの閲覧室。壁一面の本棚に格納された紙製のファイル。
背表紙には「平成16年(ケ)○×号」と書かれている。平成16年はわかるが、(ケ)とは一体何の意味だろう?室内には難しい顔で調べ物をしている男性がひとり。スーツではなくスポーツシャツを着たパーマ頭は、どう見てもサラリーマンではなさそうだ。
私は大分市内で手の届きそうな物件を探した。あったあった。最低売却価額182万円のワンルームマンション。わかったような顔でファイルをぱらぱらめくってみても、土地の図面や計算式だらけでさっぱりわからない。意味がわかるのは、せいぜい間取り図と室内写真ぐらい。
先の男性は、私がどんな物件を見ているのか気になるらしく、チラチラと横目でこちらを伺っている。そこへ老夫婦が入ってきた。私と同じレベルらしく、わいわい言いながら、書類をひっくり返す。
男性は嫌な顔をして机の上に積み上げていたファイルを自分の方に引き寄せた。
だんだん疲れてきたので、目星をつけた物件の書類をコピーして、早々に退散することにした。室内に備え付けのコピー機がある。白黒が1枚40円。カラーが80円だったろうか。えらく高いなあと呆れつつコピー機の前に立つ。ファイルの中身をばらすと、A4の書類やA3の図面がごちゃごちゃになってしまった。欲しいページをコピーした後、大きさも向きも不規則な書類を正しい順番で戻すのは、難儀な作業だ。これでは裁判所の管理も大変だろう。せめてもう少しシステマティックにできないものか。うんざりして裁判所を後にした。
裁判所近くの、美術館の1階にあるカフェでランチをする。食後のコーヒーを飲みながらコピーした書類に目を通す。物件はここからそんなに遠くないはずだ。自分の目で現地を見てみよう。警察署の駐車場に停めていた車をそそくさと出して、大分駅近くの駐車場に停めなおす。駅のインフォメーションで周辺地図をもらい、時計で時間を見ながら東に向かって歩き出した。
早足で15分ほど歩くと、ようやく物件のある町の名前を見かけるようになった。バスの1区間は意外と長い。しかも、バスの運行は渋滞や風雨に左右される。大分駅からバスで1区間というのは一見良さそうだが、実はそんなに良い立地ではないのかも知れない。
裁判所の書類には、所在地は、バス停から徒歩3分と書いてある。
3分以内の範囲内をウロウロ歩くがなかなか見つからない。やっと見つけた時には、汗びっしょりだった。
物件の前に立ってみる。大通りから1本奥まっているので、意外と静かだ。ここの住人は学生が多いのだろうか。自転車置き場に10台以上の自転車が乱雑に置いてある。そういえば、競売に出ている部屋も、住人は大学4年生と書いてあった。ということは来春には新しい入居者を探さないといけないのだな、と疲れた頭で必死に考える。とにかくこの建物の1階の奥から4部屋目だ。
近隣は閑静な住宅街で、落ち着いた感じの老婦人が散歩している。
すぐ隣の国家公務員住宅はえらく密接している。そういえばさっきコピーした室内写真の窓には、向かいのベランダに干した洗濯物が写っていた。
この物件は良いのか悪いのか。判断に困ってうっしーに電話する。
「あのー、私さっき大分地裁に行って来たんです。」
「はいはい、そうですか。すごい行動力ですね。で、どうでした?」
「良さそうな物件のコピーを取りました。」
「ほうほう。なるほど。」
「で、今その物件の前にいます。」
「はあ?」電話の向こうでまた呆気にとられている。
「それでね、ちょっと状況を報告しますから聞いてもらえますか?」
「は、はい、どうぞ。」
私は自分が書いたメモを読み上げた。