連載第十回目

★田舎暮らしがしたい!
1999年4月。父親の定年退職まであと1年。両親は、定年後に田舎暮らしをするため、九州の海沿いの町に小さな家を建てた。
両親は昔気質の苦労人。「人間は働いてナンボ」と、ずっと信じて生きてきた。しかし、阪神大震災で人生観が一変した。
地震が起きた時、ふたりは一階でコーヒーを飲んでいた。しばらく放心状態だったが、揺れが治まったのでおそるおそる2階の寝室を見に行くと、さっきまで寝ていた寝床の上半身部分に大きなタンスが倒れていた。
「人間、いつ死ぬかわからない。やりたいことをやらねば。」
定年後も会社に残って仕事を続けるつもりだった父は、田舎に移住して、若い頃の夢だった大学進学を目指すことにした。そして私に「子どもを連れて一緒に移住しよう」と言う。
「とんでもない。今の私から仕事を取ったら何も残らない。」と、断固拒否した。まして慣れない田舎で収入のない生活など、想像もできない。
しかし、私の子どもは生まれつき病弱だ。都会で母子家庭をするよりも田舎で祖父母と一緒に暮らす方がおそらく健康に育つだろう。
また一方で、「仕事を取ったら何も残らない自分」に驚いた。一体自分は何のために仕事をしているのか。少なくとも、仕事のために生きているのではないはずだ。自分の中で押し問答が続く。
毎日ぐるぐると考えているうちに、ひとつの思いが膨らんだ。
会社に勤めるということは、会社の通勤圏内に住むということだ。そんなことは当り前だと思ってきたが、本当にそうなんだろうか。自分が定年を迎える頃には、子どもは独立しているだろう。60歳になって、都会のマンションでひとりぼっちの自分の姿を想像すると背筋が寒くなった。
会社にいれば収入は安定している。健康保険もある。年金もある。でも、もしかしたら、それがあるから会社を辞めたくないのでは?
「私は会社に依存していたんだ。」それを認めると目の前がなぜか少し明るくなった。
「会社を飛び出そう。そして、自分の経済は自分で創ろう。」
それが九州への移住を決めた瞬間だった。