連載第二十三回目

★札幌の物件
「実は今年から、競売物件の情報を、インターネットで手軽に検索できるようになったんですよ。」
「それ、本当ですか?」
「はいはい、本当です。URLを教えますので見てみますか?」
「もちろんです!」
それまでも、どこかの不動産業者が、競売情報をネットで公開しているのは知っていた。しかし業者によって抜粋された情報なので、どこまで詳細な資料なのか判断がつきにくかったのだ。ところが、今回うっしーに教わったのは、全国の主要都市の裁判所がひとつのサイトに情報開示するものである。これはかなり期待できそうだ。
そのサイトは『不動産競売物件情報サイト(BIT)』といって、誰でも簡単に、競売3点セットを閲覧することができる。競売3点セットというのは、さっき裁判所で、他の閲覧者と奪い合うようにして探した資料のことだ。競売物件に関する詳しい情報が30ページ程度のファイルにまとめられている。
物件の所在地、マンション名、広さ、間取り、築年数、痛み具合、建物の外観写真、室内の写真、現在人が住んでいるのか、それとも空き家なのか。住んでいるとすればどんな人物か?などを裁判所の執行官が綿密に調査している。次に、その物件の評価人である不動産鑑定士が、所在地は駅から何メートルで、周囲は商業地か住宅地か。今後発展しそうな場所か衰退しそうか?などを考慮して、土地や建物の価値を客観的に判定する。
その後、『競売ならではの値引き』をして、最終的に最低売却価額(入札する際の最低ラインの価格)を決定する。最低価額決定までの過程が全て明らかにされている。
3点セットには、それら物件に関する情報と、最低売却価額が書かれているのだ。入札する人や業者が知ることのできる情報はそれが全てだ。3点セットに書いてある情報を読みこなして、入札するかしないか、いくらで入札するかを決定しなければならない。つまり3点セットを上手に読めるかどうかで、物件の価値の見極めの巧拙が決まるのだ。
しかし、3点セットは専門用語が多く小難しい。しかも今までは、その都度、裁判所に足を運ばないと読むことができなかった。だがこれからはネットで簡単にダウンロードできるのだ。これなら全国の物件がいつでも簡単に探せる。まるで夢のようだ。
北から札幌、東京、水戸、大阪、福岡の5箇所が公開されている。
早速あちこち物色してみる。東京大阪は地価が高いので、最低価額も高い。価格的に手が出ないし利回りも悪い。仮に地価が2倍だとしても家賃は2倍にはならないから、コストパフォーマンスが低くなる。素人の私は地価の安いエリアで優良な物件を探そう。水戸は何県にあるのか、日本地図を思い浮かべる。位置は何となくわかるが、県名が出てこない。そんな縁のない土地に投資してはいけないだろう。
残るは福岡と札幌だ。当時、私はまだ一度も福岡に足を踏み入れたことがなく、どんなところなのか全然知らなかった。だから関心もなかった。北海道好きな私は、まず札幌地裁の物件を探した。
札幌市内で駅から徒歩5分、最低価額200万円を目安に探す。あるある。札幌は地下鉄が発達しているのだろうか。それとも駅数が異常に多いのかと思うほど、駅から5分の物件があるのだ。ただ、築15年以上のものが多い。そして、どの部屋の間取り図にも大抵半畳程度のボイラー室がある。寒冷地仕様の暖房設備だ。しかし、とにかく入札を体験してみたい。札幌地裁に電話すると、執行官室につないでくれた。
恐る恐る「平成16年○○号に入札したいのですが…」と言ってみる。女性の執行官が「入札されるのは構いませんが、競売物件にはリスクもありますので、慎重に検討してから入札なさった方がいいですよ。」と親切に忠告してくれる。
私は、以前アパート購入を考えた時のことを思い出した。これは私の仮説だが、賃貸住宅あるいは建築物にとって、築15年というのは、ひとつのターニングポイントだ。特に外壁や水回り。ぎりぎりまで我慢したけれど、これ以上放置すると通常のメンテナンスでは修復できない臨界点なのではないか。もちろん、まとまった費用も必要だろう。そんな気がしてならない。
しかもこの物件は、権利関係がどうも不自然だ。室内の写真を見ると、入居者は女性のようだが、これまで家賃を払っていない。どうやら、持ち主は誰かから借りたお金が返済ができていないために、利息代わりにお金を借りた相手の知り合いの女性を入居させているようなのだ。3点セットから、そんな事情が何となく読み取れた。
人のプライバシーを詮索するつもりはないが、入札する以上は最悪の事態を考えておく必要がある。この入居者に家賃を請求したら、すんなり払うだろうか?おそらく無理だろう。札幌までわざわざ、集金に行くわけにもいかない。これはリスクが大きいと言わざるを得ない。札幌は一旦保留にしよう。
そこでついに私は福岡の物件に目を移すことにした。